酒屋の嫁でも私の場合かなり嫌々やっている傾向にあるので、7年酒屋にいても、酒屋・酒造りの事を殆ど分かっていない。
それほど詳しくない人が説明しているHPならば、酒蔵の事を知らない人が見ても、難しい専門用語を使わず(使えず?)分かりやすい表現で、一般の人が疑問に思うことなども汲み取ることができ、(自分も分からないから)簡単に書けるかなぁ〜なんていう当初の予定からは大きく外れ、意外と几帳面な私は(自分で言ってる程だからたいしたことはないが・・・)毎日時間を作っては、まるで使命のように日本酒に関する本を片手にPCと向き合っている。
酒屋なんて嫌だ!酒屋の嫁なんていいもんじゃない!
ずっとそう思っていて、実家に帰った時などは、友達に嫁ぎ先の話を振られる事ほど嫌なことはなかったのに、今こうして自分から勉強しているのだから本当に分からないものだ。
そもそも、HPを作ろうと思ったきっかけは、ある一人の女性からの手紙だった。
ローカル紙の日本酒プレゼントなるものに当社も参加し、結果220通位の応募があり、当選者は新聞社が決めた一名だけだった。
後日、全てのハガキが手元に送られてきて、一通一通読んでいる中に、「長く闘病生活をしており、お世話になっている主人のお友達に贈りたいので応募しました」というコメント付のハガキがあった。
お気の毒に思い、義母に相談して、好意でこの方にお酒を送る事になった。
中に、「お元気になった折には是非ご主人様と御一緒に足を運んでみて下さい。」
と手紙を添えて。
数日後、この女性から手紙がきた。
「癌をわずらっており、今度アメリカからくる新薬が効かなかったら、特別な病棟に移ることになっています。生きていても嫌なことばかりと思っていたけれど、こういう事があると、まだまだ捨てたものじゃないなと思いました。」
という内容だった。
短い手紙だったけれど、読み終わった私はノドの奥が詰まるような、言葉にならない気持ちになった。
酒屋の嫁にとって、本醸造の四号ビン一本好意で誰かに贈る事など、たやすいことだ。
けれど、自分にとってはそれくらいの事でも、こんなにも人から感謝されるのだ。
単純かもしれないが、この時私は酒屋の嫁も捨てたもんじゃないと、あの女性の手紙に書かれていた事と同じ事を思った。
酒屋の嫁だったから出来た事だった。
酒屋の嫁だからこそ出来る事をしてみたい。この女性とのやりとりを何かの形に残したい。
その思いが表HPを立ち上げるきっかけになった。
あの女性に新薬は効いたのだろうか?
あの女性に手紙を書きたい。来月できる新酒は一番に彼女に送ろうと思う。
それまでには表HPを、恥ずかしくない程度には作っておきたい。
出来ることなら、彼女に見てほしい。
顔も、声も知らない彼女。
綺麗な文字を書く女性。
人と人はいろんな交わり方をして、同じ今日と言う日を過ごしている
(2002/11/15)
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